AI研修が定着しない理由——「時間がない45.5%」と、助成金が"実務の中の練習"を対象外にする構造
2026.08.04 夕 | 株式会社NGraph
厚生労働省が2026年7月31日に公表した令和7年度「能力開発基本調査」によると、能力開発や人材育成に何らかの問題があるとした事業所は80.1%にのぼります。問題点の1位は「指導する人材が不足している」59.5%、2位は「人材を育成しても辞めてしまう」51.6%、3位は「人材育成を行う時間がない」45.5%でした。AI研修(OFF-JT=通常の業務から離れて行う教育訓練の枠組みでAIの使い方を学ぶもの)を配れば解決するように見えて、実はこの調査が示す壁の多くは研修そのものでは解けません。この記事では、公的統計と人材開発支援助成金の要件を突き合わせ、AI研修が現場で定着しない構造を解説します。
・「人材育成の方法がわからない」は9つの問題点のうち6番目(10.0%)にすぎず、上位3つは研修で解けないこと
・「実施した事業所70.9%」と「受講した労働者37.3%」がズレる理由
・人材開発支援助成金が「実務の中の練習」を対象外にしている理由と、助成率75%の実額
AI研修が配れるもの——「方法がわからない」は問題の6番目だった
まず前提を揃えます。この記事でいう「AI研修」は前述の通りOFF-JTの枠組みを指します。厚労省の令和7年度「能力開発基本調査」(2026年7月31日公表)の事業所調査では、能力開発や人材育成に関して何らかの問題があるとした事業所が80.1%(前回比0.2ポイント上昇)でした。8割の会社が「人が育たない」と感じているわけですが、その中身を見ると、研修が直接解決できる範囲は思ったより狭いことが分かります。
人材育成に関する問題点(複数回答・9項目)
研修という手段がピンポイントで効くのは、9項目のうち6位「人材育成の方法がわからない」10.0%の部分です。ところが1位から3位までの「指導する人材が不足している」59.5%、「人材を育成しても辞めてしまう」51.6%、「人材育成を行う時間がない」45.5%は、どれも研修を配るだけでは解決しません。指導人材の不足は研修を受けても翌日から埋まりませんし、離職は研修の有無と直接は関係なく、そして時間の不足に至っては、研修そのものが受講時間という形で3位の「時間」をさらに消費する側に回ります。AIを導入したのに現場で使われない3つの理由で書いた「導入したのに使われない」現象は、この構造の延長線上にあります。
数字がズレる理由——「実施した事業所70.9%」と「受講した労働者37.3%」
同じ「能力開発基本調査」の中でも、見る調査対象によって数字が食い違います。企業調査では「OFF-JTに費用を支出した企業」は50.1%(前回49.4%から0.7ポイント上昇)。事業所調査では「正社員に対してOFF-JTを実施した事業所」は70.9%(前回71.6%から0.7ポイント低下)。個人調査では「OFF-JTを受講した労働者」は37.3%(前回比0.3ポイント上昇)です。同じ調査シリーズの中に、50.1%・70.9%・37.3%という3つの異なる数字が並びます。
| 調査 | 主語 | 母集団 | 聞いていること | 数字 |
|---|---|---|---|---|
| 企業調査 | 企業 | 常用労働者30人以上を雇用する企業(令和7年10月1日現在) | OFF-JTに費用を支出したか | 50.1% |
| 事業所調査 | 事業所 | 常用労働者30人以上を雇用する事業所(令和7年10月1日現在) | 正社員にOFF-JTを実施したか | 70.9% |
| 個人調査 | 労働者 | 上記事業所に属する労働者(2025年11月15日〜12月16日調査) | OFF-JTを受講したか | 37.3% |
この3つは主語が違います。企業調査は「お金を出したか」、事業所調査は「実施したか」、個人調査は「(自分が)受けたか」を聞いており、母集団の切り口(企業単位か・事業所単位か・個人単位か)も異なります。「うちは研修をやっている」(事業所の70.9%)と「自分は受けた」(労働者の37.3%)は、そもそも別の質問への回答であり、単純に引き算できる数字ではありません。経営者が根拠にするのは前者の数字であることが多く、現場の実感に近いのは後者です。この「経営者が見ている数字」と「現場で起きている数字」のズレは、AI導入の議論でも繰り返し起きます。会社として「AIを導入した」というときの基準と、現場の一人ひとりが「使えている」と感じる基準は、往々にして違う母集団を見ているのです。自社のAI活用が「会社の実施」と「現場の実感」のどちらの数字に近いか、無料のAI診断で確認できます。
「時間がない」は言い訳ではなく設計の問題
個人調査を見ると、「時間がない」は個人の怠慢というより構造の話であることが分かります。自己啓発を行う上で問題があるとした者は労働者全体で78.8%、正社員に限ると82.8%、正社員以外は68.6%でした。問題点の内訳では、正社員・正社員以外のどちらも「仕事が忙しくて自己啓発の余裕がない」が最多で、正社員58.5%・正社員以外36.1%です。次いで「自己啓発の結果が社内で評価されない」16.6%、「コース受講や資格取得の効果が定かでない」11.4%が続きます。
一方、会社側の制度はどうかというと、教育訓練休暇制度を導入している企業はわずか5.7%で、導入していないし予定もない企業が85.4%を占めます。教育訓練短時間勤務制度の導入は4.7%、教育訓練所定外労働時間免除制度の導入は4.6%にとどまります。つまり、労働者の6割近くが「忙しくて余裕がない」と答える一方、会社が時間を空ける制度を持っている割合は1割にも届いていません。
AIの上達経路は、資料を読むことではなく使い込みでしか進みません。「これは頼める」「これは頼んでも無駄」という判断は、実際に外した回数からしか蓄積されないためです。ところがこの使い込みは実務の中でしか起きず、実務の最中には「忙しくて余裕がない」(58.5%)状態が続いています。会社側も時間を空ける制度をほとんど持っていません(教育訓練休暇制度5.7%)。上達には実務の中の使い込みが要るのに、実務の最中は上達のための余裕がない——この挟み撃ちが、AI研修が定着しない設計上の理由です。
AI研修が定着しない「挟み撃ち」の構造
助成金は「実務の中の練習」を対象外にしている
この挟み撃ちを公的支援がどう扱っているかを、人材開発支援助成金(事業展開等リスキリング支援コース)の令和8年8月3日版パンフレットで確認します。この助成金は令和4年度〜8年度の期間限定コースとして創設されたものです。基本要件は、OFF-JTにより実施される訓練であること、実訓練時間数が10時間以上であることの2点です。
ここで線引きが明確に入ります。対象とならない実施方法として、「生産ラインまたは就労の場で行われるもの」「通常の生産活動と区別できないもの(例:現場実習、営業同行トレーニング)」「労働者が自発的に行うもの」が明記されています。対象とならない実施目的としては、「自社の業務で用いる機器・端末等の操作説明」「コンサルタントによる経営改善の指導」に加え、「接遇・マナー講習等、職業人として共通して必要となるもの」も対象外で、この最後の項目は令和8年8月3日以降、DX・GX化に関する訓練であっても対象外という扱いに揃えられました。パンフレットには「単に既存のアプリやシステムを購入してその操作方法を習得する場合や、コンサルタントによる指導は、対象になりません」という注記もあります。
| 学びの内容 | 助成対象 | 理由 |
|---|---|---|
| 業務から離れた体系的なAI・データの訓練 | 対象になりうる | OFF-JT・10時間以上の要件を満たしうる |
| 自社で導入済みツールの操作説明 | 対象外 | 「既存アプリの操作方法の習得」に該当 |
| 営業に同行しながらのAI活用練習 | 対象外 | 「通常の生産活動と区別できないもの」に該当 |
| コンサルタントによる導入指導 | 対象外 | 「コンサルタントによる指導」は明記して除外 |
OFF-JT(対象)と就労の場での練習(対象外)の線引き
この線引きを制度の欠陥として書くつもりはありません。通常業務との区別や不正受給の防止のためには必要な線であり、制度としては筋が通っています。問題として指摘したいのは、AIの上達が実際に起きる場所(実務の中)と、公的支援が届く場所(実務の外=OFF-JT)がずれているという構造そのものです。研修を受けてOFF-JTの要件は満たせても、そこで学んだことを実務で使い込む段階には、助成の枠組みが用意されていません。
費用の実額——助成率75%は「75万円」ではない
人材開発支援助成金(事業展開等リスキリング支援コース)の助成内容を整理します。経費助成は中小企業75%・大企業60%、賃金助成(1人1時間当たり)は中小企業1,000円・大企業500円、設備投資加算は1コースの導入費用の50%です。
| 区分 | 中小企業 | 大企業 |
|---|---|---|
| 経費助成(率) | 75% | 60% |
| 賃金助成(1人1時間) | 1,000円 | 500円 |
| 限度額 10h以上100h未満 | 30万円 | 20万円 |
| 限度額 100h以上200h未満 | 40万円 | 25万円 |
| 限度額 200h以上 | 50万円 | 30万円 |
| eラーニング・通信制 | 15万円 | 10万円 |
| 定額制サービス | 1人1月あたり2万円 | |
ここで強調したいのは、「75%」は率であって額ではないということです。実際に受け取れる経費助成の上限は、訓練時間数の区分で決まる限度額(1人1訓練当たり)で頭打ちになります。設備投資加算は導入費用の50%が別枠で上乗せされます。受講回数は1労働者につき1年度3回まで(令和8年8月3日以降の計画届に基づくeラーニングは1年度1回まで)、1事業所が1年度に受給できる助成額の上限は1億円です。
例えば、中小企業が1人あたり受講料20万円・実訓練時間20時間の訓練を受けさせた場合で考えます。経費助成は20万円×75%=15万円(10時間以上100時間未満の区分なので限度額30万円の範囲内)、賃金助成は20時間×1,000円=2万円です。合計で17万円が助成される計算になりますが、実際の支給可否・金額は労働局の審査によります。このコースは令和4年度〜8年度の期間限定であることもあわせて押さえておく必要があります。
中小企業の現場で見たこと
筆者(髙橋)自身は非エンジニアですが、講習を受けたのではなく、毎日の使い込みを通じて自社プロダクトを作れるようになりました。ただしこれは条件が特殊であることを正直に書いておきます。自分の事業であること、失敗しても誰にも怒られない立場であること、そしてそこに約2年をかけたこと——この3つが揃って初めて成立した経路です。
ここから1つ仮説を立てます(仮説であり、検証済みの事実ではありません)。使い込めるのは、失敗のコストを自分で引き受けられる人であり、多くの中小企業ではそれは社長本人です。従業員がAIを積極的に触らないのは、怠慢ではなく合理的な判断である可能性があります。前述の「自己啓発の結果が社内で評価されない」16.6%という数字とつなげると、外して評価が下がるリスクを負ってまで使い込む動機は、雇われている立場からは生まれにくいという説明が成り立ちます。
もう一つ、入口の壁を示す数字があります。総務省「令和8年版 情報通信白書」では、生成AIを使っていない人が挙げた理由として「自分の生活や業務に必要ない」42.4%に次いで「使い方がわからない」38.8%が挙がり、この「使い方がわからない」の割合は調査した日本・米国・ドイツ・中国の4か国の中で日本が最も高いという結果でした。「使い方がわからない」層には確かに研修の出番があります。しかしそれは入口を通過させる役割であって、その先の定着とは別の課題だという整理が必要です。
よくある失敗——AI研修の5つのNGパターン
ここまでの数字を踏まえると、AI研修が定着しない典型パターンは5つに整理できます。
- NG1: 全社一斉に一度だけやって、受講後に触る時間を確保しない。「人材育成を行う時間がない」45.5%という壁に、そのまま突き当たります。
- NG2: 「使い方」だけ教えて「頼んでも無駄な仕事」を教えない。外した経験は資料では配れず、実務での試行を通じてしか身につきません。
- NG3: 従業員に失敗のコストを負わせたまま「積極的に使え」と言う。評価と切り離さない限り、外すリスクを取ってまで使い込む動機は生まれません。
- NG4: 助成金の要件に合わせて講座を選び、自社の実務と関係ない内容になる。目的と手段が逆転しています。先に要件で対象外になる項目を読んでおく方が早く、遠回りを避けられます。
- NG5: 教材の更新日を確認しない。AIの仕様は数か月単位で変わります。研修は同じ資料を使い回すほど提供側の採算が合う商売でもあるため、見積もりの段階で教材の更新日と対象バージョンを確認する、という行動に落とし込むべきです。
自社の研修計画がこの5パターンに当てはまっていないか気になる方は、無料相談・無料AI診断からご相談ください。
ここで、この記事自体への反論にも先に答えておきます。「伴走といっても結局は外部依存ではないか」という指摘は半分正しいものです。答えは成果物の定義にあると考えています。動く仕組みを作るだけでなく、「使い込んだ人が社内に1人残る」ことまでを成果物に含めなければ、伴走を名乗っていても実質は外注であり、研修が定着しないのと同じ穴に落ちます。
よくある質問
AI研修は意味がないのですか?
無意味ではありません。厚労省の令和7年度「能力開発基本調査」では「人材育成の方法がわからない」という問題は9項目中6番目(10.0%)で、この部分は研修が直接解決できます。ただし1位「指導する人材が不足している」59.5%、3位「人材育成を行う時間がない」45.5%は研修だけでは解けません。研修は入口であり、定着させる仕組みが別に要ります。
社員が自分で勉強すればいいのではないですか?
同調査では、自己啓発を行う上で問題があるとした労働者は正社員で82.8%、内訳1位は「仕事が忙しくて自己啓発の余裕がない」58.5%です。会社側も教育訓練休暇制度を導入している企業は5.7%にとどまり、個人任せにしても時間を確保する仕組みが会社にないため、自己啓発だけに委ねるのは難しいのが実態です。
AI研修に助成金は使えますか?
使える場合があります。人材開発支援助成金(事業展開等リスキリング支援コース)は、OFF-JT(通常の業務から離れて行う教育訓練)として実施され、実訓練時間数が10時間以上であれば対象になり得ます。ただし自社の業務で使う機器・端末の操作説明や、就労の場で行う練習は対象外です。
助成率75%は75万円もらえるという意味ですか?
違います。75%は経費助成の率であって、支給額の上限は訓練時間数の区分で決まる限度額(1人1訓練あたり、10時間以上100時間未満は中小企業30万円など)で頭打ちになります。例えば受講料20万円・実訓練時間20時間なら、経費助成は20万円×75%=15万円です。実際の支給可否・金額は労働局の審査によります。
何時間の訓練から助成対象になりますか?
人材開発支援助成金(事業展開等リスキリング支援コース)の基本要件は実訓練時間数10時間以上です(eラーニング・通信制は標準学習時間10時間以上または標準学習期間1か月以上)。あわせて、通常の生産活動と区別できないもの(現場実習・営業同行トレーニングなど)は対象外という条件も満たす必要があります。
AI活用の定着は、まず誰から始めるべきですか?
記事内で仮説として述べている通り、使い込みには失敗のコストを引き受けられる立場が要ります。多くの中小企業ではそれは社長本人です。まず社長自身が1つの業務で使い込み、次に「使っても評価が下がらない」という前提を作ってから従業員に広げる順序が現実的です。
研修とFDE型伴走支援は何が違うのですか?
研修は「使い方の一覧」を配って終わりますが、上達に要る使い込みは実務の中でしか起きません。FDE型伴走支援は現場に入り、実際の業務でAIを使い込む工程そのものに同席し、使い込んだ人が社内に残る状態まで作ります。詳しくは研修は「教える」、コンサルは「描く」、FDEは現場で「つくる」——AI導入支援3タイプの選び方の記事で解説しています。
まとめ・今週できること
厚労省の令和7年度「能力開発基本調査」が示すのは、8割の事業所(80.1%)が人材育成に何らかの問題を抱えており、その中身の上位に「方法がわからない」(10.0%・9項目中6番目)は入っていないという事実です。指導人材の不足(59.5%)、離職(51.6%)、時間の不足(45.5%)は、研修を配るだけでは解けません。同じ調査の中でも「実施した事業所70.9%」と「受講した労働者37.3%」という別の質問への回答がズレて見え、自己啓発の余裕がない(正社員58.5%)一方で会社の休暇制度は5.7%しか整っていません。人材開発支援助成金は実務の中の練習を対象外にしており、助成率75%も実額は限度額で頭打ちになります。制度が悪いのではなく、上達が起きる場所と支援が届く場所がずれている、という構造の話です。
| 今週やること | ねらい |
|---|---|
| 1. 社長自身が1つの業務でAIを2週間使い切る | 使い込みの実感を、教える側が先に持つ |
| 2. 受講後に触る時間を業務時間内に確保してから研修を申し込む | 「時間がない」45.5%の壁を先に手当てする |
| 3. 助成金を使うなら対象外の項目を先に読む | 要件に合わせて内容が歪むNG4を避ける |
| 4. 訓練時間が10時間以上になるか確認する | 人材開発支援助成金の基本要件を満たすか判断する |
補助金・助成金の申請そのものの入口(GビズID等)でつまずくケースは今朝の記事省力化投資補助金 第8回は8月中旬公募開始——GビズIDの不具合で「申請の入口」が一部止まっているでも扱っています。
・厚生労働省「令和7年度「能力開発基本調査」の結果を公表します」(2026年7月31日公表)/調査結果の概要(PDF)
・厚生労働省「人材開発支援助成金(事業展開等リスキリング支援コース)のご案内(詳細版)」(令和8年8月3日版)/制度ページ
・総務省「令和8年版 情報通信白書 第1章」(2026年7月公表)
・あわせて読む:AIを導入したのに現場で使われない3つの理由・研修は「教える」、コンサルは「描く」、FDEは現場で「つくる」——AI導入支援3タイプの選び方・省力化投資補助金 第8回は8月中旬公募開始(当ブログ・2026年8月4日朝)
