豪の労働紛争機関がAI利用の申告を義務化——「確認はAIではなく人が」と明記、申立ては3年で7割増
2026.09.01 朝 | 株式会社NGraph
オーストラリアで労使紛争を扱う国の機関、公正労働委員会が2026年8月24日、生成AIの利用に関するガイダンスノートを公表しました。2026年10月20日から、委員会へ出す申立書や証拠書類に生成AIを使った当事者は、使ったことと、その内容を人が確認したことを書面に記載しなければなりません。中小企業にとってこれは、書面を出す側だけの話ではありません。AIが書いた書面を、受け取る側に回る場面のほうが先に来るという話です。
何が起きたか
ガイダンスノートが定める要件は3つです。第一に、申立書などの作成・執筆・編集・修正・準備に生成AIを使った場合、使ったこととその使い方を文書に記載すること。第二に、AIが出した内容を人が点検し、事実や証拠への言及が正確で実在すること、引用した判例や法令が実在し主張を実際に支えていること、抜粋や引用が出典どおりであることを確かめたうえで、確認した旨も記載すること。第三に、陳述書や宣誓書では、自分の知識に基づき自分の言葉を反映していることを本人が確認し、宣言することです。スペルチェックや文法チェック、書式を整えるだけの利用は、この「使用」に含まれません。要件を満たさない書面は重みを減らされたり無視されたりするほか、相手方に生じた費用の支払いを命じられたり、事件そのものを却下されたりする可能性があります。
なぜ重要か
委員会が引いたのは「AIを使うな」という線ではありません。「使ったら申告し、人が確かめろ」という線です。禁止という選択肢を現実的でないと認めたうえでの設計だと読めます。
核心はガイダンスノート31項です。「同じ生成AIツールにも、別の生成AIツールにも、文書の確認をさせることはできない。確認は人が行わなければならない」と明記されています。確認に使ってよい情報源として、委員会は判例集や判例検索、連邦法令登録簿などを挙げ、生成AI同士のチェックはその代わりにならないと線を引きました。私たちは2026年8月6日に、同じ種類の確認をAIに重ねても、独立した検算にはならないという実測を公開しています。委員会の線引きは、これと向きが同じです。ただし、AIを重ねること自体が常に無意味というわけではありません。違う測り方をさせたときには、実際に効いた例もあります。今回の線引きは、同じ種類の確認を積んでも独立した検算にはならないという限定の話です。
委員会の総業務量は、2025–26年度末までの3年間で7割超増加しました。長官声明はこの増加が労働市場の動向だけでは説明がつかないとし、生成AIツールの普及・提出書面への広範な出現と時期が重なることから、増加の主因が利用者側のAIツール利用にあると推認しています。ここは「推認」であって、因果関係の証明ではありません。
申立て件数は、2022–23年度からの3年で7割超に増えた——2025–26は見込み値
訴えられた雇用者側にあたる被申立人ら約200人への調査では、57%が「申立人は事件で生成AIを使っていたと感じる」と回答しました。中小企業にとって、この数字が示す位置は書き手側だけではありません。AIで書かれた書面を受け取る側に回る場面のほうが、実務では先に来る可能性があります。オーストラリアの公共放送ABC Newsが2026年8月29日に報じたところでは、解雇されたALDIの元従業員が生成AIを準法律顧問のように使って争い、勝ち目が乏しいと繰り返し警告されたにもかかわらず続けたため、雇用主側の弁護士費用の一部1,230豪ドルの支払いを命じられました。要件を満たさない書面が費用負担につながるという15項の帰結は、すでに実例として起きています。
中小企業は何をすべきか
- 委員会の3要件を、そのまま社内のAI利用ルールに翻訳する。使ったと書く、事実・数字・引用元を人が確かめたと書く、自分の言葉かどうかを確かめる——この3つは、社内文書の作成ルールにそのまま移せます。
- 「確認をAIにさせない」を明文化する。同じ文書を別のAIに読ませることは確認になりません。最終確認は人が行うと、社内の規程に一文書いておきます。
- 公開の生成AIに入れてよい情報の線を、先に引く。他人の個人情報や取引先の秘密情報を、汎用の生成AIへ入れない線を、使い始める前に決めます。
その他の注目ニュース(9月1日 朝時点)
厚生労働省が8月28日にまとめて公表した3件です。
- 厚労省、最低賃金基礎調査の調査票101枚を紛失 — 厚生労働省が調査票の紛失と個人情報漏えいのおそれを公表しました。沖縄県分の調査票を運送事業者へ引き渡した後、86事業所・延べ339人分の情報を含む101枚を紛失し、捜索しても見つからず警察に遺失物届を提出しています。自社の情報が外へ出る経路は自社のITだけではなく、紙と配送にも同じ問いが向きます。詳しくは最低賃金の記事でも扱っています。
- 有効求人倍率1.18倍、宿泊・飲食は新規求人10.7%減 — 厚生労働省の一般職業紹介状況(令和8年7月分)によると、有効求人倍率は季節調整値で1.18倍、前月と同水準でした。新規求人は前年同月比0.8%減で、宿泊業・飲食サービス業は10.7%減です。飲食・小売は求人を出す側が減らしている可能性があり、人手不足の話が「採れない」から「そもそも募集を絞る」へ動いているとも読めます。
- 新卒内定取消し29事業所・80人、前年から増加 — 厚生労働省の令和8年3月新卒者の採用内定取消し等の状況によると、内定取消しは29事業所・80人で、前年の21事業所・34人から増えています。人数は小さくても、内定を出した後に事業計画が変わったときの選択肢の乏しさは、採用計画を立てる側にとって他人事ではありません。
・Fair Work Commission「Use of AI in Commission cases」(2026年8月24日)
・Fair Work Commission「Guidance note: Use of generative artificial intelligence in Commission cases」(2026年8月24日)
・Fair Work Commission「President's statement – Use of AI in Fair Work Commission proceedings」(Justice Hatcher, President, 2026年8月24日)
・Pivot「Research Report: GenAI use research」(2026年8月18日)
・厚生労働省「令和8年最低賃金に関する基礎調査の調査票の紛失及び個人情報の漏えいのおそれについて」(2026年8月28日)
・厚生労働省「一般職業紹介状況(令和8年7月分)について」(2026年8月28日)
・厚生労働省「令和8年3月新卒者採用内定取消し等の状況を公表します」(2026年8月28日)
・あわせて読む:AIを2体並べても、同じ間違いをします——検算には順番がある(当ブログ)
・あわせて読む:賃上げ促進税制の上乗せが1つ消えた——中小企業の最大は45%から35%へ、要件は給与の「総額」で決まる(当ブログ・2026年9月1日夕)
