社員は会社より先にAIを使い始める——シャドーAI関与の侵害が20%から43%へ、禁止と研修が効かない理由
2026.09.16 夕 | 株式会社NGraph
シャドーAIとは、会社が公式に許可していない生成AIサービスを、従業員が自分の判断で仕事に使う状態です。IPA(独立行政法人 情報処理推進機構)は2026年1月29日に公表した「情報セキュリティ10大脅威 2026」で、組織向けの脅威の3位に「AIの利用をめぐるサイバーリスク」を選びました。AIの利用をめぐる項目が10大脅威に入ったのは、今回が初めてです。同じ月、エルテスが会社員・公務員300名に聞いた調査では、業務で生成AIを使っている人の約5人に1人が、会社の許可を得ていないツールを選んでいました。この1年で、侵害に占めるシャドーAI関与の割合は20%から43%へ増え、AI導入前にIT部門の承認を求める組織はむしろ45%から38%へ減っています。この記事でわかることは次の3つです。
・IPAとIBMが、それぞれ何を「シャドーAI」と呼んでいるか
・侵害に占めるシャドーAIの割合が、この1年でどう動いたか
・禁止や研修では止まらない理由と、会社が用意する側に回るという選択肢
シャドーAIとは——「会社が用意していないから、社員が自分の道具で仕事をする」状態
IPAは2026年3月公表の解説書[組織編]で、シャドーAIをこう説明しています。「例えば職場でAIサービスの利用が無い場合など、従業員が個人的に利用しているAIサービスを業務利用することがある」。会社が用意していないという状況が先にあり、その結果として従業員が自分のアカウントで業務を進める、という順番です。IBM(International Business Machines)とPonemon Instituteが2026年7月29日に公表した「Cost of a Data Breach Report 2026」も、シャドーAIを「従業員が承認されていないAIを使うこと」と定義しています。IPAの解説書はさらに、「本来組織外への持ち出しが禁止されている業務データや資料等をAIサービスに入力すれば、情報漏えいにつながる。また、職場が従業員の個人アカウントによるAIの業務利用を認識できないこともリスクといえる」と述べました。定義の力点は違っても、両者とも「会社が把握できない」ことをリスクの中心に置いている点は共通しています。
この状態を、3つの調査は違う数字で映し出しています。
| 出どころ | 公表時期 | 単位 | 母集団 | 数字 | 何を数えたか |
|---|---|---|---|---|---|
| IBM/Ponemon | 2026年7月 | 組織 | 侵害を受けた602組織 (2025年3月〜2026年2月) | 43% (前年20%) | シャドーAIが関与したインシデントがあった組織の割合 |
| エルテス | 2026年1月 | 個人 | 会社員・公務員300名 (29〜69歳) | 約5人に1人 (103名中20名) | 生成AI利用者のうち、会社が許可していないツールを選んだ人の割合 |
| 総務省「令和8年版 情報通信白書」 | 2026年7月 | 企業 | 日本企業 | 86.4% | 自社の何らかの業務で生成AIを使っていると答えた企業の割合 |
総務省の86.4%は、企業がAIを使っているかどうかを調べた数字で、シャドーAIの話とは直接つながりません。別の調査になりますが、生成AI導入企業の投資や統制の実態を扱った記事を「AI白書2026が今日発売——効果を数字で測れている非上場企業は13.7%」で書いているので、あわせてご覧ください。3つの数字がなぜ食い違って見えるのかは、次の章で整理します。
3つの数字は同じものを数えていない——43%・約5人に1人・86.4%
IBMの43%、エルテスの約5人に1人、総務省の86.4%。この3つを並べて「シャドーAIはこんなに広がっている」と早合点するのは危険です。数えているものがそもそも違うからです。
IBMの43%は組織を数えた数字です。2025年3月から2026年2月までに侵害を受けた602組織のうち、シャドーAIが関与したセキュリティインシデントがあった組織の割合が43%でした。前の年は20%だったので、1年で倍以上になっています。対してエルテスの約5人に1人は個人を数えた数字です。業務で生成AIを使っている103名のうち、20名が「企業が許可していない生成AIツール」を選んでいました。母集団も違います。IBMの602組織は「すでに侵害を受けた組織」であって、日本企業全体ではありません。エルテスの300名は、日本の会社員・公務員に聞いたアンケートです。IBMの43%を「日本企業の43%にシャドーAIがある」と読み替えないでください。43%は、侵害を受けた組織という限られた集団の中の割合です。
エルテスの数字にはもう一つ注意が要ります。この調査は自己申告です。会社に生成AIの利用規程が「ない」と答えた人は45%、「わからない」と答えた人は26.7%でした。
規程が「ある・策定中」は4人に1人強
規程が無い、あるいは規程の有無さえ分からない人は、自分がいま使っているツールが会社にとって承認済みなのか未承認なのかを判定する基準を、そもそも持っていません。ここから言えるのは、約5人に1人という数字は下限として読むほうが安全だということまでで、「実際はもっと多い」と断定はできません。時期も違います。IBMが数えたのは2025年3月から2026年2月にかけて侵害を受けた組織、エルテスが調べたのは2026年1月時点の会社員の意識です。同じ年に公表された数字でも、見ている時間の窓が違います。
自社のAI利用が今どんな状態にあるか整理したい場合は、無料相談で一緒に確認できます。
1年で何が変わったか——インシデントは倍増、IT部門の承認はむしろ後退した
IBMとPonemon Instituteの2026年版は、今年の602組織の数字を、前年版の調査の数字と並べて示しています。シャドーAIが関与したインシデントは20%から43%へ増えました。AIのガバナンス、つまりAIの利用を管理したり未承認の利用を検知したりする体制を欠いていた被侵害組織は63%から68%へ、ガバナンス方針を「策定中」と答えた組織は22%から33%へ、それぞれ増えています。
シャドーAIは倍増、IT部門の承認はむしろ減った
一方で、逆方向に動いた数字が一つあります。AIを導入する前にIT部門の承認を求める組織は、45%から38%へ減りました。これは前年に初めて調べた項目です。インシデントが2倍になった年に、入口のチェックはむしろ緩んでいる、という組み合わせです。承認を求める組織が減ったことと、シャドーAIが増えたことの間に因果関係があるとまでは、この一次情報からは言い切れません。相関して見えるという以上の主張はしないほうが安全です。
シャドーAIが関与した侵害は、平均より高くつく
侵害コストの世界平均は499万USドルで、前年から12%上がり過去最高を更新しました。シャドーAIが関与したインシデントの平均コストは539万USドルで、前年の463万USドルから増えています。
シャドーAIが関与した侵害は、平均より高くつく
母集団が違うため、この2つの数字の差額そのものを主役にはしません。世界平均には侵害を受けた602組織全体が含まれ、シャドーAI関与の数字はその一部だからです。言えるのは、シャドーAIが関与したインシデントのコストが、全体の平均を下回っていないという事実までです。このインシデントで実際に起きたことも見ておきます。データの消失・漏えいが49%、業務の停止が42%、規制上の罰金を支払ったと答えた組織は約5件に1件でした。AIをめぐる侵害というと情報漏えいだけを想像しがちですが、業務が止まる被害も同じくらいの割合で起きています。
なぜ禁止でも研修でも止まらないのか——担当者に何が増えるかを数える
ここまでの数字を読むと、「なぜ禁止しても止まらないのか」という疑問が残ります。答えは、AIを使う社員の側に立って、何が増えるかを数えると見えてきます。
会社の承認を得たAIサービスを使うにしても、使わないにしても、社員にとって増える負担はほとんど同じです。使い方を覚えるのも、AIが出した答えの間違いに気づいて直すのも、それで仕事が失敗した時に責められるのも、すべて自分の役目になります。うまくいっても、給料が上がるわけではありません。会社が用意したAIを使うことも、会社の外のAIを使うことも、この構造の中では負担がほとんど変わらないのです。だとすれば、使い慣れた自分のアカウントを選ぶのは、怠けているからではなく、筋の通った選択だと言えます。
IPAの解説書が、経営者層への対策の1番目に置いているのは、禁止の徹底ではなく「シャドーAI回避のため、AIサービス利用の検討」です。禁止の条項はその下位項目として並んでいます。この順番は、後の章で詳しく見ます。
エルテスの調査でも、この構造は数字に表れています。非公開情報や非公開ファイルをアップロードすることに「抵抗がある」「やや抵抗がある」と答えた人は75.8%に上りました。それでも実際に抵抗を感じながらアップロードした人は64.1%です。多くの人が、リスクを分かった上で、それでも使っています。これは無知や油断ではなく、使わないと仕事が回らないという現実の側に理由があると読むほうが、この数字には合っています。
中小企業の現場で見たこと
禁止や研修の外側で、実際に何を決めればいいのか。私たちが現場で扱った一つの事例から考えます。
会社が「用意する側」に回る設計——何を決め、何を残すか
IPAの解説書[組織編]は、経営者層が取るべき対策を順番付きで挙げています。1番目は「シャドーAI回避のため、AIサービス利用の検討」で、下位項目には「未許可・未認可のAIサービス利用(シャドーIT)の禁止」が入ります。2番目の「AIガバナンスおよびサービス利用規定の整備」には、個人アカウントにおける業務利用の制限や、規程違反時のペナルティの明確化、外部サービス利用時のオプトアウト設定の徹底が下位項目として並びました。3番目は「AIサービス契約時の約款の確認」、4番目は「トラブルの発生に備えた専門家、相談窓口の確保」、5番目は「決裁や承認プロセスのガバナンス強化」です。順番を見ると、禁止は1番目の一部にすぎません。最初に来るのは、会社としてAIサービスを用意するかどうかの検討です。
| 方針 | 担当者に起きること | 会社に残るもの |
|---|---|---|
| 全面禁止 | 仕事の進め方は変わらないまま、使えば規程違反になる。自分の端末で続けるほど会社からは見えなくなる | 規程の条文 |
| 申請・承認制 | 使うたびに申請の手間と、承認を取る説明の責任が増える | 申請の記録 |
| 会社が口を用意する | 会社のアカウントで、機密を置ける場所が最初からある | 動いている仕組みと、消す期限の決まったデータ |
「会社が口を用意する」を良い方策に見せすぎるつもりはありません。用意しただけでは使われないことを、私たちは別の記事「AIは、契約した後の5か所で止まる——場所ごとに直す人が違う」で書いています。用意することは前提であって、そこで終わりではありません。システム管理者・従業員向けの対策として、IPAはIT資産管理・構成管理の徹底と、通信ログやCASB(クラウドサービスの利用状況を可視化する仕組み)を使った未把握のAIサービスの把握、多要素認証の徹底、AI利用における教育の徹底も挙げています。教育は挙がっていますが、経営者層への対策の1番目ではありません。
よくある失敗
- 禁止の規程を作って終わりにする。エルテスの調査では、会社に生成AIの利用規程が「ない」と答えた人が45%に上りました。規程を作らないままでは、社員が使っているツールが承認済みかどうかを判定する基準自体が存在しません。
- 研修だけで解決しようとする。IPAが経営者層に挙げる対策の1番目は「AIサービス利用の検討」で、教育の徹底はシステム管理者・従業員向けの対策として別に挙がっています。教育を先に置くと、会社として何を用意するかという決定が後回しになります。
- 承認プロセスを増やすほど安全になると考える。IBMの調査では、AI導入前にIT部門の承認を求める組織は45%から38%へむしろ減っていて、同じ年にシャドーAIが関与したインシデントは20%から43%へ増えています。承認の手続きを増やすことと、実際の使われ方を把握できることは別の話です。
- ガバナンス部門とセキュリティ部門を別々に動かす。IBMの調査では、この2つの部門が連携していると答えた組織は19%にとどまりました。AIの利用を決める部門と、侵害に対応する部門が分かれたままでは、どちらも全体を把握できません。
自社のAI利用状況を整理したい場合は、無料相談で一緒に確認します。
まとめ
シャドーAIは、会社が用意していないから起きる、という順番の話です。IBMの調査では、これが関与したインシデントは1年で20%から43%に増え、同じ年にIT部門の事前承認を求める組織はむしろ45%から38%へ減りました。エルテスの調査では、業務で生成AIを使っている人の約5人に1人が会社の許可を得ていないツールを選び、会社の規程が「ない」「わからない」と答えた人が合わせて7割を占めました。禁止や研修は、社員が使うたびに増える仕事と責任という構造をそのままにする対策にすぎません。IPAが経営者層への対策の1番目に置いているのは禁止の徹底ではなく、会社としてAIサービスを用意するかどうかの検討です。次に動くとすれば、そこから始まります。
よくある質問
シャドーAIとは何ですか?
会社が公式に許可していないAIサービスを、従業員が自分の判断で業務に使う状態です。IPAは解説書で「職場でAIサービスの利用が無い場合など、従業員が個人的に利用しているAIサービスを業務利用することがある」と説明し、IBMとPonemon Instituteの調査は「従業員が承認されていないAIを使うこと」と定義しています。
会社でChatGPTなどを禁止すれば解決しますか?
IPAが経営者層に挙げる対策の1番目は「シャドーAI回避のため、AIサービス利用の検討」で、禁止はその下位項目の一つです。IBMの調査では、AI導入前にIT部門の承認を求める組織はこの1年で45%から38%へ減っており、同じ年にシャドーAIが関与したインシデントは20%から43%へ増えています。禁止や承認手続きだけで止まっている様子は、この数字からは見えません。
社員が個人アカウントでAIを使っていることは、会社から見えますか?
IPAは「職場が従業員の個人アカウントによるAIの業務利用を認識できないこともリスクといえる」と述べています。システム管理者・従業員向けの対策として、IT資産管理・構成管理を行い、通信ログやCASBの活用で利用状況を把握することを挙げています。
うちは小さい会社ですが、関係ありますか?
IBMの調査は、様々な規模の602組織を対象にしています。エルテスの調査では、会社に利用規程が「ない」「わからない」と答えた人が合わせて7割を占めており、規模の大小にかかわらず起こりうる状態だと考えられます。
IPAは経営者に何をするよう挙げていますか?
解説書[組織編]は5項目を順番付きで挙げています。1番目は「シャドーAI回避のため、AIサービス利用の検討」、2番目は「AIガバナンスおよびサービス利用規定の整備」、3番目は「AIサービス契約時の約款の確認」、4番目は「トラブルの発生に備えた専門家、相談窓口の確保」、5番目は「決裁や承認プロセスのガバナンス強化」です。
まず何から手を付ければいいですか?
IPAの並びに沿うなら、禁止の条文を増やす前に、会社としてAIサービスを用意するかどうかを検討することが1番目です。用意する場合は、個人アカウントでの業務利用の制限やペナルティの明確化まで含めたガバナンスの整備が2番目に続きます。
・IPA「情報セキュリティ10大脅威 2026」(2026年1月29日)
・IPA「「情報セキュリティ10大脅威 2026」解説書[組織編]」(PDF・2026年3月)
・IBM「Cost of a Data Breach Report 2026」(2026年7月29日)
・エルテス「【実態調査】生成AI利用者の約5人に1人が「シャドーAI」リスク」(2026年1月19日公開)
・総務省「令和8年版 情報通信白書|生成AIの業務利用状況」(2026年7月公表)
・あわせて読む:AI白書2026が今日発売——効果を数字で測れている非上場企業は13.7%(当ブログ)
・あわせて読む:中小企業の生成AI導入率は20.4%か34.5%か——調査3本が割れる理由と、自社が入る数字の見分け方(当ブログ)
・あわせて読む:AIは、契約した後の5か所で止まる——場所ごとに直す人が違う(当ブログ)
・あわせて読む:社内の問い合わせにAIを入れた会社は5割、効果実感4割強——議事録と違い、誰かが答えを書かないと始まらない(当ブログ)
