ベレッタ
Beretta
ベレッタ
Beretta
イタリア・創業 1526年
世間
6/10
相手
6/10
自己
8/10
存続ライン(47)を 22 点上回る
世間
6/10
相手
6/10
自己
8/10
存続ライン(47)を 22 点上回る
同一地で500年製造。15世代の世襲が技術を蓄積
12項目
41/60
3軸
20/30
加点
+8
NCG
69/100
加点の理由:[時間+影響+戦略] 500年+一家継承+銃器の世界ブランド
当時の状況
1526年10月3日、ベネチア共和国はブレシア近郊ガルドーネ・ヴァル・トロンピアの銃身職人バルトロメオ・ベレッタと、火縄銃の銃身185本を296ドゥカートで納める契約を結んだ。原本はベネチアの国立公文書館に残り、これが会社の起点とされる。一族の鍛冶場は1500年ごろから動いていたとされ、技は息子、孫へと継がれた。1797年にナポレオンがギルドを廃止したあとも一族は家業を続け、1903年にピエトロ・ベレッタが工場を近代化した。いまも15世代にわたり同じ一族が所有する非上場企業である。
テレスの所感
ベレッタ500年の秘訣は「場所も市場も変えなかった」ことにある。1526年10月3日、ブレシア近郊ガルドーネ・ヴァル・トロンピアの銃身職人バルトロメオが、ベネチア共和国に銃身185本を296ドゥカートで納める契約を結んだ。その原本はいまもベネチアの公文書館にある。以後15世代、同じ谷で作り続け、本拠の工場ではいまも約900人が働く。中身は変えた。1915年にはイタリア陸軍が自社の拳銃を採用し、1985年には米軍のM9に選ばれた。2017年に米軍の後継の座はSIGに渡ったが、2024年の連結売上は16億ユーロを超える。それでも「軍事・防衛」という戦場からは離れなかった。戦争がなくならない限り需要は消えない。モートは技術じゃなく、移動しない覚悟から生まれるのかもしれない。
存続の鍵
「戦争がある限り国家が買い続ける」という消えない市場に、同じ場所・同じ一族で500年張り続けた。動かないことそのものが最大の参入障壁になる市場を選んだ以上、移動しない覚悟が技術蓄積より重要だった。
12項目スコア(41/60)
弱みI 資本効率・J 出口戦略
軍・警察・狩猟の銃器市場。2024年の連結売上は16億ユーロ超で、国家と民間の双方が顧客になる
国家にとって銃器の安定調達は欠かせない。1526年の最初の記録も、ベネチア向け銃身185本の納品だった
革新より精度の追求。銃身職人(マエストロ・ディ・カンネ)バルトロメオの技を代々受け継いで磨いてきた
15世代の家族経営。1903年にピエトロ・ベレッタが工場を近代化するなど、節目ごとに当主が判断してきた
1526年10月3日付の契約で銃身185本・296ドゥカートを受注。国家との取引から歴史が始まった
同じガルドーネ・ヴァル・トロンピアで500年。本拠の工場ではいまも約900人が働き、蓄積は模倣が難しい
軍・警察向けと民間の狩猟・スポーツ銃の二本柱。ベネリ、フランキ、サコーなどのブランドも傘下に持つ
国家契約が収益の土台。2024年の連結売上は16億ユーロ超、従業員は約6,000人(MF、2025年12月)
職人技を軸に品質を優先し、効率は二の次。グループ約6,000人のうち本拠の工場だけで約900人が働く
非上場の株式会社で、約500年同じ一族が所有する。売却も上場もしておらず、出口は想定されていない
1915年にイタリア陸軍、1985年に米軍M9として採用。ただ2017年に米軍の後継の座はSIGに奪われた
「戦争がなくならない限り需要は消えない」市場への特化。1980年以降は軍の契約を米国でのブランドづくりに使った
