みずほ銀行
Mizuho Bank
みずほ銀行
Mizuho Bank
日本・創業 1873年
世間
8/10
相手
6/10
自己
6/10
存続ライン(47)を 18 点上回る
世間
8/10
相手
6/10
自己
6/10
存続ライン(47)を 18 点上回る
渋沢栄一が作った日本初の民間銀行。150年続く信用の源流
12項目
38/60
3軸
20/30
加点
+7
NCG
65/100
加点の理由:[時間+影響+資本] 153年+第一国立銀行として近代銀行業の始祖
当時の状況
1873年6月、前年制定の国立銀行条例に基づいて第一国立銀行が設立され、7月20日に開業した。「国立」の名だが民間の銀行で、大蔵省を退官した33歳の渋沢栄一が総監役に就き、のちに頭取として長く経営を担った。1896年に普通銀行へ転じて第一銀行と改称し、1971年に日本勧業銀行と合併して第一勧業銀行となる。1999年に第一勧業・富士・日本興業の3行が統合を発表し、2002年4月にみずほ銀行が発足した。
テレスの所感
みずほの源流「第一国立銀行」は、1873年に開業した日本初の民間銀行。大蔵省を退いた33歳の渋沢栄一が総監役に就き、のちに頭取として、ゼロから銀行というインフラを作った。条例ができた当初に開業できたのはわずか4行で、6年後には153行まで増える。その先頭に立ったのがこの銀行だった。渋沢は「論語と算盤」で道徳と経済の両立を説き、約500社の設立・育成に関わった。150年後、第一勧業・富士・日本興業の3行統合を経たみずほは、2002年の発足初日と2021年にシステム障害を重ね、統合の重さを抱えたままだ。それでも日本近代資本主義の起点はここにある。生き残っているだけで偉い、ではなく、生き残ることで次の150年を支えられるか。
存続の鍵
単体の銀行としてではなく、日本近代資本主義のインフラそのものとして153年機能してきた。規制・信用・顧客基盤が三重に固定された地位は、新規参入者がどれだけ優秀でも崩せない。統合で個別色は薄れても、国策企業の性格が消えない限り存続は続く。
12項目スコア(38/60)
強みL 独自の洞察
弱みI 資本効率
1872年の国立銀行条例のあと、国立銀行は1879年までに153行に増えた。銀行の需要は日本経済とともに広がった
条例当初に開業できた国立銀行は第一・第二・第四・第五の4行だけ。近代的なお金の流れそのものがまだ無かった
米国の国法銀行制度を手本にした条例に乗り、民間資本で銀行を開業。ただ政府紙幣の増発で兌換券の発行は早々に行き詰まった
渋沢栄一は大蔵省を退官し、33歳で総監役、のちに頭取に。官の制度設計と民の経営をつなぐ視座が武器だった
1896年に普通銀行へ転じて第一銀行、1971年に第一勧業銀行へ。合併を重ねながら153年、源流を継いできた
銀行免許という規制の壁に加え、第一・勧業・富士・興銀の4つの源流から引き継いだ法人と個人の顧客基盤が堀
法人・個人・投資銀行の総合金融。2013年にみずほ銀行とみずほコーポレート銀行を合併し、取引の窓口を1行にまとめた
金利上昇で利ざやが改善し、2026年3月期の純利益は1兆2,486億円と過去最高
2002年4月の発足初日にATM障害、口座振替の遅延はピーク250万件。2021年も2〜9月に7回の障害で業務改善命令
上場を続ける3メガバンクの一角。2011年と2021年に業務改善命令を受けるなど、当局の監督が濃い国策的な存在
明治維新から5年後の1873年に開業。1876年の条例改正で国立銀行の設立ブームが来る前に、先頭に立っていた
渋沢は約500社の設立・育成に関わり、第一国立銀行はその拠点だった。「金融は道徳と経済を両立させる」思想が150年機能
