清水建設
Shimizu Corporation
清水建設
Shimizu Corporation
日本・創業 1804年
世間
8/10
相手
8/10
自己
6/10
存続ライン(47)を 24 点上回る
世間
8/10
相手
8/10
自己
6/10
存続ライン(47)を 24 点上回る
江戸の宮大工が、スーパーゼネコンと月面建設の両方を目指す
12項目
42/60
3軸
22/30
加点
+7
NCG
71/100
加点の理由:[時間+戦略+影響] 222年+宮大工→月面基地構想の時間軸
当時の状況
1804年、越中出身の大工・初代清水喜助が江戸神田鍛冶町で大工業を開いたのが起源。二代喜助は1868年に日本初の本格的な洋風ホテル「築地ホテル館」を自ら建て、渋沢栄一が設立に尽力した第一国立銀行の設計・施工も手がけた。1887年に三代店主の急逝で経営危機に陥ると、渋沢を相談役に迎えて約30年の指導を受け、「論語と算盤」を社是とした。1915年に合資会社清水組、1937年に株式会社清水組となり、1948年に清水建設へ改称。2026年3月期の連結売上高は約2.06兆円。
テレスの所感
清水建設の独自性は「宮大工から始まって、月面基地を公表する」という時間軸の長さにある。1804年に江戸で大工業を開き、二代喜助は1868年に築地ホテル館を自ら建てる賭けに出た。1887年の経営危機では渋沢栄一を相談役に迎え、「論語と算盤」を社是にして立て直した。木造の江戸から明治の洋風建築、1962年の東証1部上場と、222年にわたって建築の形と会社の形を更新し続けている。1987年には宇宙開発室を設け、翌88年に月面コンクリート基地構想を発表した。バブル崩壊で一時は縮小したが、2018年にフロンティア開発室を置き、いまも宇宙輸送や月面構造物の研究を続ける。半分はPRかもしれないが、100年先を真剣に考える姿勢そのものが長寿企業の強さではないか。時間の視点が未来を作る。
存続の鍵
「月面基地」を公式に掲げる余裕は、222年生き延びた会社にしか持てない思考距離だ。宮大工から始まり、銀座和光、超高層ビル、宇宙構想まで、建築の形を時代ごとに更新する姿勢が社内文化になっている。100年先を本気で構想できる企業は短期で破綻しない。
12項目スコア(42/60)
強みL 独自の洞察
単体受注高は2026年3月期に1兆8,982億円。国内建築に加え、ベトナムの橋やマニラ地下鉄など海外土木も受注
建設は案件ごとに品質と採算がぶれる。連結営業利益は前期の約710億円から2026年3月期に1,186億円へ大きく振れた
職人の施工力に技術開発を重ね、2019年に約500億円を投じる技術拠点の新設を発表。月面構造物の研究も続ける
1887年の経営危機で渋沢栄一を相談役に迎え、約30年の指導で「論語と算盤」を社是にした経営の型
1804年から222年続き、2026年3月期の連結売上高は2兆578億円。連結従業員は約2.2万人を抱える
築地ホテル館や第一国立銀行以来の実績と信用。2025年12月には日本道路を完全子会社化し土木も厚くした
建築・土木が主力で、開発事業等の受注は936億円と単体受注の約5%。収益源は建設請負に偏る
2026年3月期の純利益は1,266億円と前期比91.8%増。裏を返せば前期は約660億円で、振れ幅が大きい
国内建築の工事採算の改善で利益は戻ったが、2026年3月期の営業利益率は約5.8%にとどまる
1961年に株式を店頭公開し、1962年に東証1部へ上場。現在は東証プライム・名証プレミアに上場
明治の洋風建築、戦後復興と時代ごとに需要の形が変わった。1990年代はバブル崩壊で宇宙事業も縮小した
1987年に宇宙開発室を設け、翌88年に月面コンクリート基地構想を公表。長寿企業ほど100年先を見る
