Tesla
Tesla
Tesla
米国・創業 2008年
世間
6/10
相手
4/10
自己
2/10
存続ライン(47)まで 7 点足りない
世間
6/10
相手
4/10
自己
2/10
存続ライン(47)まで 7 点足りない
「EVは贅沢品ではなく主流になる」——GMがプリウスを横目で見ていた時代に、業界全員が嘲笑した未来図
12項目
28/60
3軸
12/30
NCG
40/100
当時の状況
Roadsterは出荷は始まったものの製造原価が販売価格を上回る赤字構造、創業者Eberhardは2007年に解任され2008年1月退社、リーマンショックで$100M Series Eが凍結、10月にMuskが暫定CEOに就任して社員25%をレイオフ、12月24日のクリスマスイブに$40M(うちMusk個人$20M)が辛うじて着金して倒産を回避。2010年1月にDOEのATVMローン$465Mを獲得して延命する。
テレスの所感
2008年のテスラはNCG28点、存続ライン47点を遥かに下回る瀕死企業だ。Roadsterは製造原価が販売価格を超え、Eberhard追放で社内は分裂、リーマンでSeries E凍結、10月にMuskが暫定CEO就任して25%レイオフ、12月24日に$40M(うち本人$20M)が着金してかろうじて生き延びた——テレスから見れば「死にかけ」採点。それでもL(独自洞察)だけは満点5、「EVは贅沢品ではなく主流になる」を業界全員がハイブリッド本命視する中で唯一言語化していた。NCG法則の特例「Timing 5+Insight 5なら存続可」のうちInsightだけで生き延びた稀有な事例。MuskがPayPal売却で得た最後の現金を全額投じた実践知(プロネーシス)と、政府DOEローンという外部装置の組合せが2010年IPOまで企業を運んだ。
存続の鍵
DOEローン$465MとMusk個人資金$20Mという「内+外」の生命維持装置で生存——洞察L=5だけが47点未満でも死なない理由になった
12項目スコア(28/60)
強みL 独自の洞察
弱みE トラクション・F 参入障壁・G 収益モデル・H 財務計画・I 資本効率・J 出口戦略・K タイミング
EV市場は当時SAMで見れば極小、富裕層スポーツカー1万台規模。TAMのストーリーはあったが現実需要は薄い
高級車として「速くてカッコいいEV」を求める層は実在したが、日次の痛みではなく嗜好
T-Zero(AC Propulsion)の技術ライセンスがベース。Lotus Eliseのシャシー流用で内製度は限定的、顧客体験3倍にも届かない
Musk+JB Straubel等の技術陣は強い。ただしEberhard追放→Marks(暫定)→Drori→Muskと約1年でCEOが3度替わり統治は不安定
2008年末までにRoadster約100台納品。需要はあるが生産が追いつかず、納車待ちが信頼を毀損
Supercharger網なし、ソフトウェアもなし、ギガファクトリーもなし。現時点では翌日コピー可能
Roadster製造原価が販売価格を上回る。売れば売るほど赤字の構造
Q4 2008で資金枯渇、12月24日着金で辛うじて延命。計画は何度も外している
$100M超を燃やしてRoadster約100台、バーンマルチプル極大
上場の蓋然性なし、戦略的買い手も不在、Musk個人資金頼みの自転車操業
リーマンショック直撃、ガソリン価格急落、自動車需要蒸発。創業者本人が「人生最悪の年」と回顧
v2.0a 3条件すべてYes:①「EVが主流になる」を2006年のマスタープラン(The Secret Tesla Motors Master Plan)で明文化、②同時期GM/Toyotaはハイブリッドが本命と判断、③EV市場が事実として主流化
