Slack
Slack
Slack
米国・創業 2009年
世間
6/10
相手
6/10
自己
4/10
存続ライン(47)を 2 点上回る
世間
6/10
相手
6/10
自己
4/10
存続ライン(47)を 2 点上回る
Flickr売却後の再起。MMO「Glitch」を作っていた——チャットツールはまだ社内ツールに過ぎなかった
12項目
32/60
3軸
16/30
加点
+1
NCG
49/100
加点の理由:[洞察] Glitch失敗→社内チャット転換の伏線、本人未自覚段階、Flickr売却信用のみ
当時の状況
Stewart ButterfieldがYahoo!を辞め、共同創業者Cal Henderson、Eric Costello、Serguei Mourachovと2009年にTiny Speckを設立。資金調達$5Mでブラウザ協同型MMORPG「Glitch」開発に専念。Flash時代のオンラインゲームで、技術的にはAccel/Andreessen Horowitzから期待された案件だが、Slackの原型となる社内チャットツールは「ゲーム開発を効率化するための副産物」に留まっていた。Glitchの公開β(2011年9月)まで2年、リリース1年でクローズ(2012年12月)するまで誰もチャット側を本命と見ていない段階。
テレスの所感
2009年のTiny SpeckはNCG32点、ゲーム会社として見れば普通の早期スタートアップ。$5M調達して30人以上抱えて、Glitchというブラウザ協同型MMOを2年以上ベータ出荷しない苦闘期。本人たちはチャットツールが本命だなんて全く思っていない。Slackの伏線は「自分たちの開発を効率化するための社内ツール」として水面下で書かれていた。Butterfieldの異常さは、Flickr売却後に引退せず再起を選んだ覚悟。Glitch失敗→チャット転換は2012年12月、ここから史上最速ユニコーンが始まる。創業期のNCGが低くてもinsight=4なのは、本人がまだ気付いていない伏線の存在を歴史的に評価したから。
存続の鍵
Flickr売却で得た資本+ブランド+元チームの信頼関係が、ゲーム失敗後にチャットへピボットする「2回目の挑戦」を可能にした。普通の創業者なら3年経たずに資金尽きていた
12項目スコア(32/60)
強みD チーム
弱みE トラクション・F 参入障壁・G 収益モデル・H 財務計画・I 資本効率・J 出口戦略
Flashブラウザゲーム市場は当時拡大中だが、Zynga台頭でカジュアル偏重。協同型MMORPGはニッチで成功例が少ない
「楽しい仮想世界で友達と遊びたい」は実在の欲求だが、World of Warcraftが既に支配。差別化が課題
Flash製のブラウザMMO。日次のリテンションとマネタイズに苦戦、ゲームとしては10倍体験に届かない
ButterfieldはFlickrをYahoo!に約$25Mで売却した実績、Cal Hendersonは元Flickr CTO。プロダクト×コミュニティの世界最高水準
オープンβは2011年まで先、2009年時点ではクローズドな開発期間。プロダクト未公開
ない。Flashゲーム業界に参入障壁はなく、模倣容易
ゲーム内アイテム課金を計画。当時のソーシャルゲーム水準ではユニットエコノミクス未確定
シリーズA約$5M(Accel+Andreessen Horowitz)。Flickr売却の信用が初期資金を引き寄せた
30〜40人体制で2年以上ベータ出荷せず。バーンレート高く、効率は低い
ゲーム会社のIPOは前例少。買収狙いとしてはZynga等の脅威で価値が読めない
Flashゲーム最盛期、HTML5への過渡期で技術選択リスクあり。一方でクラウド+SaaSの波は始まっていた
「自分のチームの痛みから始めろ」——Glitch開発を効率化するため自作した社内チャットが、後に本命になるという伏線。本人もまだ気付いていない段階
